備前焼陶芸作家矢部俊一公式ホームページ
名古屋芸術大学で講義とワークショップ

(2017.07.06)

 

以前から母校に何か恩返しが出来ないかと思っていたところ、

オファーをいただき喜んでお引受けしました。

 

 

 スライドレクチャーは備前焼の話やバイオグラフィー、卒業後の制作についてなど、一コマ90分では話切れず。

 

 

そしてワークショップでは「原土からの土作り」をテーマに土という素材を理解し、素材に対し造詣を深めるという作業を提案をしました。

 

 

生徒達が集中して黙々と作った土を大切にナイロン袋に入れ持ち帰る姿には感動しました。土やそのほかの素材に対しても謙虚な気持ちで向き合うことは本当に大切です。

 

講義が終わり場所を移して食事会を開いてもらって、、、とても楽しかったです。ありがとうございました!

 

講義後のインタビュー 全文

今時の学生との触れ合い、感じたことは?

 

当時の私みたいにヤンチャな子はいなくてみんなとても素直で良い子ばかりでしたね。昔の彫刻科は荒くれ者が多かった。

何人かの生徒さんは素材に問題を抱えていて沢山質問をしてくれました。解決したいという熱い思いが伝わってきて、こちらも力が入りましたね。

 

最近の制作、空刻について

 

「空刻」は概念です。それを設定する事により制作上のコンセプトを明確に出来る。作風や同素材の微妙な違いは自分自身がカテゴライズしていても見る側は同じに見えてしまう。土を捏ねて焼くだけだと漠然とした世界観になり只の物質になる恐れがある。現代陶芸が陥り易いのがここだと思います。それを回避する為の仮想概念とも言えます。

 

確かに空刻の空には仏教的な考えも含ませています。色即是空 空即是色 は全ての心理を物語る言葉です。お経は小さな時からよく唱えていたのでこの言葉は刷り込まれていました。一種の洗脳ですね(笑)

空は本質、色は幻と捉えると良いと思います。物事の表面ばかり追うのではなく本質を見抜く。そして

その答えは「自分の役目」と考えます。

その役目とは

自分自身が何かの役に立つ事。それで十分なんです。しかし、それは本当に難しい、、、一生かけても出来ないかもしれない。でも出来ると信じてやるのです。長くなりましたが、それが「空刻」の答えです。壮大で重い話になりましたね

 

空刻の説明の続きになりますが「刻」。

私はどうしても彫刻家になりたかった思いがありました。本当になりたかった。

その思いが手法の転換になりました。粘土が柔らかい内に成型するのではなく、ある程度乾燥硬化した後、削り込んでいく方法を考えつきました。カンナを研ぎ、彫り出す。気分は彫刻家です。

 

暗室で制作する理由は

 

ある時、制作した作品を写真撮影した時、写真に写る作品のクオリティの低さにショックを受けました。その時、「写真は嘘はつかない」と写真家に言われ本当に落ち込みましたね。幾ら作品の精度を上げてもカメラの前では誤魔化せない、、、悩みました。

 

閃めいたのが、いっその事自分の目をカメラにすれば良いのでは?と。暗い所で強い光を当てると曖昧なグラデーションがはっきりと目視出来る。いままでスルーしていた凹凸が見えるようになり、精度の高いフラットな面やカンナの削り跡の処理などにも有効でした。

そして、その時気付いたことは、人間の五感はアバウトでいい加減だなと、、直ぐに慣れて自己補正して都合よく解釈してしまう。

暗室の中で制作する事によりカメラの露出調整(絞り?)の効果を実現出来るようになり、作品の精度が格段に良くなりました。

そして反比例して視力が落ちた事は言うまでもありませんが

 

レジデンスについて

 

一番のメリットは、滞在する事により無料で英会話が学べることかな(笑)

冗談はさて置き、信楽陶芸の森でのレジデンス生活は二年間に渡り約10ヶ月の滞在になりました。

レジデンスの醍醐味は国内外のアーティストと地元の方との交流だと思います。滞在中に奈良美智さんとご一緒出来たり、いつか会ってみたいと思っていたヨーロッパの作家さんと制作出来たり、毎日が本当に刺激的でした。

トラブル続きだった土の研究にも没頭出来ました。地元の信楽試験場の方に協力していただき、オリジナルブレンド土も開発出来ました。備前には無い全く新しい粘土です。

 

慣れない土地での生活や沢山のアーティストと同じ空間で仕事をするという事に戸惑いましたが、

大勢の方と交流し、新しい発見、考え方など刺激をもらい、沢山の事を学べる夢のような時間となりました。この歳で学生生活のような体験が出来て不思議な気持ち。

 

備前焼と生活、芸術と共に歩んでいく時間

 

備前焼は約900年程の歴史があると言われます。祭器から雑器、そして茶器など、時の流れに合わせ長い間作り続けられてきました。いま、その最前線に自分が立って制作させていただいているわけで、備前に生まれ育った私はこの備前焼に携われる事に誇りを持ち作り続けられたら本当に幸せだと思います。

今年の初めに父が他界しました。師匠でもありライバルでもあった父の最期を看取り、終わり方の大切さを感じました。

 

言葉少ない父でしたが、生き様を見せてくれたように思います。父が亡くなった年齢の75歳まであと27年。ラスト四半世紀のつもりで突っ走りたいと思います!